グレンモーレンジ、まずはストレートで!

ああウイスキー! 遊びと悪戯の命!
詩人の心からの感謝を受けてくれ!  (「R・バーンズ詩集」中村為治訳 岩波文庫)

グレンモーレンジ、まずはストレートで。再投稿

今夜も、シングルモルト。それも香りと、味わいの芸術品ともいえる北ハイランドの強者・グレンモーレンジだ。

「蒸留の重要性は全工程の40%、後の60%は熟成」
であると、グレンモーレンジは考えている。それは、さざまなワイン樽をつかったウッドフィニッシュ・シリーズにみられるように、樽熟成には大いにこだわりをもっているのだ。

ハイランド発祥の老舗蒸留所・グレンモーレンジ(GLENMORANGIE)は、プレミアム・シングルモルトとして知られ、卓越したウイスキーづくりに対して高い評価を受けてきた。ウイスキー・ライター、マイケル・ジャクソンによると、業界では小さな規模であるグレンモーレンジは、
「一時期ではあるが、オフィシャルのカスク・ストレングス・ボトリングの分野の先頭を切り、やがてウッドフィニッシュを先駆的に取り入れた」
と、まずは、記念碑的な自著「モルトウィスキー・コンパニオン」で取り上げ、ハウス・スタイルは、
「繊細にスパイシー。熟成年数が若いうちは食前酒、長くなると食後酒」
と紹介している。ちなみに、シングルモルトとしてイギリス国内で1位、世界では4位の出荷量をほこる世界的人気銘柄でもある。

ところが、2004年、グレンモーレンジ社はLVMH(ルイヴィトン・モエ・ヘネシー・グループ)に買収され、経営方針を一新した。 そのため、ブランド戦略に大きな変化がもたらされることになった。



それまで数あるヴァージョンのなかで、2007年8月、慣れ親しんだ定番である「10年」は「オリジナル」と名を変え、「18年」と、「25年」を残して、「15年」と、「30年」は姿を消すことになった。

それと、ブランドを代表するウッドフィニッシュ・シリーズも、「エクストラ・マチュアード・シリーズ」と名称を変え、再編されて、 マディラと、バーガンディは姿を消し、代わりに「ソーテルヌ」が加わって、シェリー、ポート、ソーテルヌの3シリーズとなった。

さらに、シェリーは「ラサンタ(情熱)」、ポートは「キンタルバン(ルビー色のブドウ)」、そしてソーテルヌは「ネクター・ドール(黄金の果汁)」と、愛称もつけられることとなった。

シグネット。シグネットとは「サイン」の意味である。ここでいう紋章のこと。業界初、チョコレートモルト(コーヒー豆のように焙煎された麦芽)を使用した革新的な一本。グレンモーレンジの伝統と、歴史から生まれた最高傑作。

グレンモーレンジに存在する中でも貴重で熟成年数の長いウイスキーを使用し、30年以上の熟成を経たものや、グレンモーレンジのためにだけつくられた「デザイナー・カスク」で熟成されたモルトを使用することにより、驚くほどなめらかな味わいが生まれた。口の中でとけあう甘味と、スパイシーさ。アルバ産エスプレッソのアロマに始まり、ダークチョコレート、砂糖漬けのオレンジピールの味わいなど、シグネットは飲む人を魅惑の世界へと誘う。

LVMHの傘下になって以降も、グレンモーレンジはハウススタイルは変えないながらもそのイメージを一新。現在のラグジュアリーなデザインのボトルにリニューアルし、LVMHが所有するウイスキーらしく、ラグジュアリーなウイスキーとしてイメージを確立している。

スコットランド北部の荒れ高地・ハイランド。美酒の宝庫とも知られるが、ドーノック湾に面した小さな町テインからほど近いところに、その雄であるグレンモーレンジがある。そのまわりには、「大いなる静謐の谷(グレンモーレンジ)」という名前の由来どおり、峡谷や、湖が点在している。

テインは、古くから巡礼地として栄え、テイン・シルバーとして有名だった銀職人の町であって、ビールづくりや、レモネード産業でも知られる歴史ある地だった。 かつてテインで、グレンモーレンジを興した男たちは、代々継承してきた伝統の技を体得し、「テインの16人の男」と称され、それは今もって変わらない。

モルトウィスキー・コンパニオン」によると、
「1600年代のこの区域、そして、1700年代初めのモーレンジ農場で、密醸造と、密蒸留がおこなわれている。現在の敷地にモーレンジ醸造所があり、それが1848年に合法的な蒸留所に変わった」
と、記録が残っているという。

その密造酒はというと、古いシェリー樽につめ、峡谷に隠蔽するあいだに熟成がすすみ、まろやかな美酒に変わったのだという。それにまた、麦芽を乾燥させるため、ここハイランドに多い泥炭を使ったため、スピリッツにピートの香りが移り、独特のフレーバーをかもしだし、人気はだんぜん上昇したともいう。

ビール工場を改装して、ウイリアム・マセソンにより、1843年に創業されたものの、法的にはまだ認められていなかったようだ。1918年からマクドナルド&ミュアー社の所有になり、同20年にはグレン・マレイ蒸留所(スペイサイド)を買収した。

1930年代には、スコットランド北部出身者がいるところであれば、スコットランドはもちろん、イギリス本土のみならず、ヨーロッパや、アメリカでもグレンモーレンジが売られるようになった。 そんなかれらにとって、ハイランドはつねに、永遠なる母なる大地なのであった。

1996年に、グレンモーレンジと社名を変更。翌97年には、アイラ島のアードベッグ蒸留所を買収して、再開させ、3つの蒸留所を運営することになる。そして、それらをすべてをシングルモルトとして出荷し、他社ブレンド用には供給していない。

☆参考図書 「スコッチウイスキー紀行」;著者:土屋 守、刊行:東京書籍。



♪ メンデルスゾーンの交響曲第3番イ短調「スコットランド」。この第3番には、これしかないといった決定的な名盤がある。クレンペラー/フィルハーモニア・オーケストラ盤だ。

遅めのテンポで、細やかなニュアンスをつけながら、自然で柔軟な音楽の運び方であって、それでいて堂々たる安定感がある。抒情的であり、幻想的な味わい深い演奏である。

1959年、病とか、大やけどなどの大変な苦難な状況から抜け出し、かれはフィルハーモニアをひきいて、今や名演としてしられる演奏を、次から次へと残すことになる。

じつは、バイエルン放送響とで、同じ第3番でもう一つのヴァージョンがある。それはあの冗長過ぎるのではないかという第4楽章の終結部、とりわけ雄大なイ短調コーダにまつわるものだ。クレンペラーは、その箇所をカットし、自作の簡潔なるコーダを演奏するってことで、大胆な離れ業をやってのけたのだ。

♪ 引き続き、メンデルスゾーン。演奏会用序曲「フィンガルの洞窟」を聴く。もちろん、クレンペラーではあるが、アバドもあるし、カラヤンもある。しかし、walkmanには、メンデルスゾーンのスペシャリスト(?)、ペーター・マーク/ベルン交響楽団もいれてある。

ロンドンでの演奏会が終わり、スコットランドへの気ままな小旅行を楽しんだ1829年というから、かれがまだ20歳のころだ。ヘプリディーズ群島の無人島であるスタファ島での、大きな洞窟の光景に霊感を得て、作曲したものだ。ちなみにフィンガルは、この群島を統治していた伝説的な英雄の名である。

この序曲の冒頭の主題を、自宅にあてた手紙に書き記している。その神秘的ともいえる洞窟の風景を描写し、のちの交響詩などに大きな影響をあたえた。 ♪

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