カルヴァドスと、シードル(1)

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カルヴァドスと、シードル(1)

■「ノルマンディーでは“トゥルー・ノルマン”といって、食事中の魚と、肉との間の口直しとして、カルヴァドスを飲む習慣がある」

カルヴァドスは、ノルマンディー地方でつくられる、リンゴを原料とする蒸留酒である。カルヴァドス地方で、2年以内の若いシードルを蒸留してつくったものだけが、カルバドスの名称を使うことができる。むろんリンゴが主だが、リンゴだけだと味がゆるむので、洋梨をおよそ10~30パーセントくらい混ぜ、樽で熟成させる。

フランスは、南と、北では気候も違い、もちろん祖先や、文化も異なる。
「南のラテンはワインで育ち、北のノルマン人の子孫はリンゴのシードルで育ってきた」
といわれている。ノルマンディーの人々にとって、一番身近なリンゴ。生で食べたり、ジャムにしたり、またシードルや、カルヴァドスをつくっていた。とりわけ、カルヴァドスは農民にとって、重労働をいやす酒でもあった。

9世紀、蒸留方法が工業化されたため、カルヴァドスの生産量はうんと増え、労働者たちは、コーヒーにカルヴァドスをたらして飲む、「カフェ・カルヴァ」で冬の寒さをしのいだといわれる。

そんなカルヴァドスの語源は、 1588年、イギリスのフランシス・ドレ-ク提督率いる海兵たちから逃れるようにして、かのスペインの無敵艦隊「工ル・カルヴァドール」がノルマンディー地方の沖合で難破した故事から生まれたという説が有望。

古くは、1553年の文献に存在が確認されてはいるが、世界的に知られることになったのは、第1次大戦以降といわれる。ノルマンティー地方では、ワインに代わりに、シードルが昔からよく飲まれていて、16世紀になるとそれを蒸留するようになった。その優良生産地が、ベイ・ドージュ地区。1554年にグベルヴィル公が蒸留させてつくったのがはじまり、といわれている。

それと、ノルマンディー地方の一部の地域が「カルヴァドス」と呼ばれるようになったのは、フランス革命後のこと。しかし、地元では「オー・ド・ヴィ・ド・シードル」のことをすでに、「カルヴァドス」と呼んでいた。

フランスを代表する3大蒸留酒の一つなのだが、残念なことに今ひとつワインほどには、産地による個性や、造り手による味わいの違い、そして熟成年数による味わいの変化などについては、いまだに知られていない。カルヴァドスは香りを大切にしたお酒で、飲んでからも、口のなかがリンゴの香りに満たされる。ブランデーと同じ、40度。若いカルヴァドスほど、刺激的な感じがある。

ところで、有名なアップル・ブランデーには、アメリカのアップルジャックがある。カルヴァドスとは異なり、甘い味が強く、リキュールの趣。カルヴァドスベースとして有名なジャック・ローズというカクテルは、じつのところ、アップルジャックベースのカクテル。アップルジャックは、日本には輸入されていないし、アメリカでも見つけることも困難。



その日本で、カルヴァドスの名前が知られるようになったのは、映画・「凱旋門」。あのイングリッド・バーグマンが酒場でカルヴァドスをあおるシーンである。あおるとは、まさしくそのとおり。当時は、けっこう荒々しい酒であったといわれている。

カルヴァドスは、基本的には食後酒として飲まれることが多く、3年くらいの若いカルヴァドスは、比較的かるめなので、食前酒によく合う。カルヴァドスの飲み頃は、10年くらいから。でも、あまり保存に耐えられない。

カルヴァドスは、もちろんAOC(原産地呼称規制)、1942年に適応された。その「カルヴァドスAC」 地区は、カルヴァドス、マンシュ、オルヌ の各県の全域に加えて、ウール、マイエンヌ、サルトと、ウール・エ・ロワールの一部を含む11地区。この地域以外でつくられる同様の蒸留酒は、カルヴァドスを名のることはできず、アップル・ブランデーと呼ばれる。1997年の12月31日には、新しいアペラシオンとして、”ドムフロンテ”というカルバドスの新しい地域が認められた。

より限定された「カルヴァドス・ペイ・ドージュAC」の地区は、カルヴァドス県の東端と、その幾つかの隣接地域に限られる。1946年に原産地統制呼称に認定され、今ではコニャックのように、他の「カルヴァドス」とは区別され、高い評価を得ている。

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 カルヴァドス各種
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ボトルに記入された熟成年数は、ブレンドにおいて、樽内の熟成年数が一番若いものの年を明記しなくてはならない。それはまた、しばしば熟成年数の短いカルヴァドスと、長いカルヴァドスとをブレンドさせておこなわれる。AOCとしては、以下の3種類が存在する。

●カルヴァドス・デュ・ペイ・ドージュ
カルヴァドス最高級といわれ、アルカリ性の土壌をもつ地域で生産されたリンゴを原料とし、単式蒸留器で2回蒸留。

●カルヴァドス・デュ・ドンフロンテ
指定地域で生産されたシードルと、洋梨ワイン(ポワレ)をブレンドし、パテントスチルで蒸留。

●カルヴァドス
先の2種類のカルヴァドスをブレンドしたもの、もしくは周辺地域で産出されるもの。

カルヴァドス生産農家のなかには、カルヴァドスをつくるにあたって、100種類以上のリンゴを使うところも少なくない。ただ、そのリンゴは生食用とは違って、シードル用なので、食べても酸味、苦味が強く、おいしいものじゃない。

蒸留方法は、コニャックと同じシャラント式のアランビックで、2回。最初と、最後を取り除き、クール(中心部分)を取り出す。アルコール度数は72%以下に抑え、最低2年の熟成を経て、市場に出る頃には40~45%になる。

当然、明確な規則と、伝統にのっとり製造されるわけだが、一番肝心なのは素材選び。シードル用のリンゴにもさまざまな種穎がある。過去において、数百種類にものぼるりんごの品種からつくり出され、甘味の強いもの(ルージュ・デュレ種)、酸味の強いもの(ランボー種)、または苦味のあるもの(ムテ、サン・マルタン、フルキャン、ビネ・ルージュ種)など、スイート、ビター、ビタースイート、そしてサワーと4つの種類がある。

理想的な混醸のためには、渋みのリンゴの割合を多くし、次に甘味のもの、さらに酸味のあるものを加える。この割合加減が、各生産者の持ち味となる。バランスの良いカルバドスをつくるためには、これらの種類を巧みにブレンドしなければならず、ここに熟練の技と、知識が必要とされる。リンゴのジュースは、最低6週間の発酵期間を経て、アルコール度数4.5%のシードルとなる。

こうした行程ののち、天然の手法で発酵させ、リムーザン地方ないしは、トロンセの森の良く乾燥させたホワイトオークの樽で、最低5年間熟成させたシードルを使い、さらに2回蒸留。樫樽で数年間熟成させているため、木に含まれるタンニンの成分によりほんのりカラメル色を帯びてくる。それに、セラー内の空気と交わることで酸化され、ゆっくりと時間をかけて香りと、ふくよかさを増していく。

この行程からも察せられるとおり、カルヴァドスは香りを非常に大切にしたお酒で、飲んだあとも、さわやかなりんごのアロマが口のなかにいっぱいに残る。砂糖は添加されない。辛口のオー・ド・ヴイである。ラベル表記は、

「Fine」, 「Trois etoiles ***」, 「Trois pommes」;木製樽内熟成、2年以上。
「Vieux」、「Reserve」;3年以上。
「V.O.」・「VO”」, 「Vieille Reserve」, 「V.S.O.P.」・「VSOP」;4年以上。
「Extra」, 「X.O.」・「XO」, 「Napoleon」 「Hors d’Age」・「Age Inconnu」;6年以上だが、実際は、それよりも長い熟成を経たカルヴァドスが含まれることがある。

“Extra”, “X.O.” “XO”, “Napoleon”, “Hors d’Age” “Age Inconnu”といったハイ・クオリティーのカルヴァドスは、明記してある年数よりもはるかに古いカルヴァドスを含むことがある。リンゴの質が特別良かった年に限って、その年に収穫されたリンゴだけを使ってカルヴァドスをつくることもある。その場合は、その年がラベルに明記される。カルヴァドスは定期的に税関検査を受ける。古酒は度数が下がり過ぎた場合(39度以下の場合)、カルヴァドスとして売れなくなってしまうからだ。

料理の世界においても、豚肉をつけ込みソテーしたり、ラム肉を加え煮込んだりと、フレンチを中心に独特の世界をつくりあげている。 ちょっと甘めのお酒だが、食前酒として飲むことも。ブランデーのように、紅茶に入れたりすると、りんごの香りや、甘みを楽しむこともできる。

また変わったカルヴァドスとしては、ビンの中に丸ごとりんごが入っているポム・プリゾニエールと呼ばれるものがある。これはりんごの実が小さいときからビンをかぶせ、ビンの中でりんごが大きくなってから収穫してお酒にしたものである。

特産のリンゴをカルヴァドス風味にしてから、生地に混ぜて焼いたノルマンディー地方発祥の「ガトゥ・ノルマン」、タタン姉妹が間違えてタルト生地を上にのせてしまったというエピソードでおなじみの「タルト・タタン」などはあまりにも有名。

メイプルシロップ、レモンジュース、オレンジジュースでシェークした「ジャックラビット」、グレナデンシロップ、レモンジュースでシェークした「アップルジャック」など、カクテルの世界でも、その繊細で爽やかなアロマが好まれ使用されている。

カルヴァドスにカマンベールチーズをつけ込んだ「カマンベール・ド・ノルマンディ」は、チーズ好きはもちろんワイン好きにも愛されている逸品。



「林檎ジュースに少し垂らすと、ものすごく美味い」
上等なものなら、ストレートで。カジュアルっぽいものならば、「ジャック・ローズ」で。つまみは、ドライフルーツなんかいい。 バニラアイスクリームにかける、カルヴァドスをパン粉に浸し、カマンベールチーズにまぶし2、3週間? 熟成。アップルパイ、レーズンバターほか濃い目の洋菓子。ミルクチョコレートもいい。しっとりとした乳製品が使われている食べ物なら何でも合いそう。

食事と一緒に飲むなら、食前、食後、肉料理と魚料理の合間。ちなみにTrou normand(ノルマンディーの穴:この場合の「穴」は空腹感をさすものと思われる)ということばがある。フルコース料理の半ばあたりで、小さなグラスで飲むカルヴァドス一杯のことだ。消化を促進し、空腹感を維持し続ける効果があるということらしい。シガーを燻らしつつ20年ものを飲むと、シガーの香りとカルヴァドスの香りでオトナの雰囲気に浸れる。

あまりにも長い間樽に入れられすぎたカルヴァドスのなかには、好ましく感じられるレベル以上のタンニンというか渋味が出すぎているものもある。提供温度も重要な要素で、なるべくはワイン用の冷蔵庫で管理をおこない、それぞれの季節にあった温度帯での提供を。とくに日本の夏で常温の古いカルバドスというのは、涼しいノルマンディーからやってきたカルヴァドスにとっても、まとまりとバランスを得ることが難しくきついものとなる。

最初はなんとなく樹脂の香りと、リンゴの黄色い皮っぽい香りだけだったのが、徐々にほぐれてきて、アプリコットの香りになり、更には少し、セメンダインっぽいというか、ほんとに熟した洋梨の芯の部分の香りも加わり、とても魅力的な個性が、わかりやすくなってくる

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