ああウイスキー! 遊びと悪戯の命!
詩人の心からの感謝を受けてくれ! (中村為治訳 「R.バーンズ詩集」岩波文庫)
蘇った、アードベッグ!
アイラ・モルトはピート香が強いことでも有名だが、そのなかでもっとも強烈なのが、アードベッグである。特に強く炊き込んで香りをつける。そのため、強烈なスモーキーさが特徴だが、不思議なことに繊細な甘さを併せ持つ。
強烈なスモーキーさと繊細な甘さは、本来なら相反する魅力。それがアードベッグのなかでは調和するため、ウイスキーファンから「ピーティーパラドックス(ピートの矛盾)」と呼ばれる。蒸留器に設置する精留器(ピューリファイア)と呼ぶ装置の効果で、フルーティーで花のような甘みを引き出すなど、手間をかけたウイスキーづくりのなせる技だ。
蒸留所の建物は大きいが、その生産規模は、小さい。モルトとして出まわるのも、わずか。それでも、バランタインの原酒には欠かせないもので、バランタインの味を決定する「魔法の7柱」の一つと呼ばれている。
アイラ島南岸にある蒸留所は、1794年創業ともいわれているが、正式には1815年、島の住民であるジョン・マクドーガルによって創設された。アードベッグとは、ゲール語で「小さな岬」の意味。そのあたりでは、400年以上も前から密造酒が盛んにつくられていたという。
マクドーガル家が、150年近くは経営に当たっていたが、その後は、何度かオーナーも代わるなどして、操業と休業をくり返してきた。1980年代の最初に閉鎖され、89年まで操業が完全にストップされたが、1989年から、当時のオーナーでもあったアライド・ディスティラーズ社が再開したが、数年であえなく操業停止。
1997年にグレンモーレンジPCL社が買収、多額の費用をかけて大改修工事が進み、操業が再開された。翌98年、アードベッグの象徴だったキルン(製麦塔)の内部が改修され、カフェと、ビジターセンターがオープン。マイケル・ジャクソンは、自著「モルトウイスキー・コンパニオン」のなかで、
「モルトウイスキー業界における、もっともエキサイティングなニュースだった」
と、冒頭に書き記しるして、
「独自のモルティングが復活する可能性すらある」
と、期待感をもっていたものだ。
アードベッグは1970年代のものがうまいとの評判だが、1990年代前半に稼働するものの、以前の味とは異なり、また1997年にグレンモーレンジ傘下になってからも、しばらくは満足いくものが出きず、2001年になってから、クリアな味わいで、美味しいものが出てきたようだ。その時のキャッチフレーズは、まさに、
「究極のアイラモルト」
であった。全モルトのなかでも、ピートの度合いが強く、もっともスモーキーで、ピーティ。2004年、そのグレンモーレンジ社ともども、モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)社の傘下となった。が、アードベッグの香味にはいささかの変化もない。
操業再開以前のアードベッグのキルンは、通常ついている換気装置がなく、麦芽は充満するピートの煙で燻され、極端に煙臭いモルトに仕上がっていた。それに、水源がピーティーであったこともあり、かなり強烈なピート香のするウイスキーをつくっていた。
そのためか、ブレンダーに敬遠された。古いボトルほど、その傾向が強い。それがフロア・モルティングをやめる原因になったともいわれている。じつのところ、1979年からハイラム・ウォーカーが所有し、アライド・ドメックが運営していた。その際、フロアモルティング部門が閉鎖されて、アードベッグの伝統の風味に影響があったと、まことしやかにささやかれはじめたものだ。
仕込み水は、蒸留所北側のかなり離れたアリナムビーストと、ウーガダール湖の水を引いている。地図を見ると、山の中腹、標高250メートルの湖で、付近の山に降った雨水がたまってできたものと思われる。
再開後は、自社での麦芽乾燥をしなくなったためか、以前の物よりは大人しくなった感じがする。グレンモーレンジの流れをくんだ味わいが加わって、きれいなモルトとなっている。
そんなアードベッグ10年は、一度終売になってはいたが、2000年から再発売。冷却ろ過をおこなわず、度数も46度と高め。スモーキーなアードベッグらしさが出ている。通好みの一本。ポートエレンの麦芽を使ったピート香の弱いものである。現在は、特に強めにピートで炊き込んだ麦芽を購入しているようだ。もちろん、1975年リミテッドや、長熟の逸品「30年」、1995年以前ボトリングの「17年」などは閉鎖前のもの。
発酵漕は、オレゴン・パイン製が6基。ポットスチルはランタンヘッド型で初溜、再溜ともに1基ずつしかなく、その再留釜にはアイラ島では唯一、ピュアリファイアー(精留器)が取りつけられ、独特の個性を生む。加熱には石炭の直火焚きに代って、現在ではスチーム方式が採用されている。
2004年にベリーヤング、06年にスティルヤング、07年にオールモストゼアと、1998年に蒸留された原酒が、熟成される過程を順次ボトリング、スモーキーかつピーティーな味わいをさらに増してきた。オールモストゼアの後継の10年ものが、アードベッグ・ルネッサンス。55.9度のカスク・ストレングス。そして、2008年、食前酒として楽しんで欲しいとばかり、アードペックとしてはおだやかなモルト、プラスダを発売。
※ 「スーパーノヴァ」;ピーティーさで有名な「アードベッグ10年」を上まわる100ppm超という驚異的なピートレベルを誇る。グレンモーレンジ社の蒸留・製造総責任者であるビル・ラムズデン博士が、
「息を飲むようなバランスと、アードベッグならではの複雑さを表現する」
ことと、実現を目指したという。従来のアードベッグと同様にまた、冷却ろ過をおこなわず、高いアルコール度数でボトリングすることで、アイラ島にあるアードベッグ蒸留所の熟成庫の樽出しそのままの味わいを、存分に楽しめる。
スーパーノヴァ(超新星)という名の通り、星の爆発をおもわせるような香りが炸裂、パワフルな余韻が長続きする。塩、コショウ、ローストしたコーヒー豆、トウガラシ、チョコレート、手巻きタバコといった複雑なフレーバーを感じるが、そのバランスは絶妙で、繊細、かつ厚みのある味わい。
※参考;「アードベッグ ロード・オブ・ジ・アイルズ」;アードベッグ蒸留所で熟成している原酒のなかで、もっとも古い1974年と、1975年ヴィンテージの原酒をヴァッティングした限定品。アードベッグの『自然の』味と、香りを明らかにするため、冷却ろ過をおこなわずに、ビン詰め。1974年が持つ力強さ、1975年が持つ優美さとが、絶妙のバランス。
明るい黄金色で、チョコレート、マジパン、チェリーを連想させるような甘い香りが、アードベッグ特有のオイリーさと、スモーキーさをつつみ込むように立ち上がってくる。口当たりはシルクのように優しい。口に含むと、力強さがある。加水すると、香りが広がり、スモーキーさと潮の香りがあらわれ、木の薫香、タール、そしてなめし皮の香りを奏でる。まさに「ロード・オブ・ジ・アイルズ」の名にふさわしい高級な逸品。
ちなみに、「ロード・オブ・ジ・アイルズ」とは「島々の君主」の意味で、8~12世紀中頃にかけて、アイラ島をはじめとするスコットランド西側諸島を支配していたヴァイキングを撤退させたケルト系の血をひく英雄サマーレッドに与えられた名誉ある称号である。その後、スコットランド王家のものとなり、今では英王室の皇太子の称号のひとつになっている。チャールズ皇太子はウェールズの皇太子『プリンス・オブ・ウェールズ』であると同時に、アイラを舞台に活躍した島々の王の継承者でもある。
数あるスコッチウイスキーのなかで、とりわけピーティーでスモーキーと言われる「アードベッグ」。その型にはまらない大胆な個性の虜(とりこ)になるファンが後を絶たない。
※参考図書;「スコッチウイスキー紀行」(著者:土屋 守、刊行:東京書籍)。
♪ モーツァルト、ト短調シンフォニー「第20番」を、ワルターで聴く。 ♪
決定盤。ワルター最晩年に収録された、モーツァルト交響曲第40番(ニューヨーク盤)。交響曲ならではの厚みのある弦の重なりが美しく、透明感と躍動感にあふれる名演奏。 それ以上に、名コンビ、ウイーン・フィルとのライブ盤は、美しさにおいて、これぞ理想のモーツァルト?
この交響曲は、モーツァルトのことのほか表現的な作品として、つねに注目を集めてきた。かれの交響曲中でも、まさしく疾風怒濤、「小ト短調」と呼ばれる青春期の『第25番』と、わずか2曲という宿命的ともいえるト短調作品。
全楽章を通して、起伏する「哀しみ」と「慰め・諦め」とが、絶えず葛藤を繰り返す。『ト短調』の有名な冒頭部分では、メロディーは哀しみに満ち満ちてはいるが、リズムは逆に軽快で、どんどん先に進み、そこがいかにもモーツァルトらしい。
ヴァイオリンがうたいあげるロマンティックな哀愁を帯びた第1楽章の第1主題。そのメロディーは、心を揺さぶり、一度聴いたら忘れられないくらい魅惑的だ。たかまったところで、ややテンポをおとし、悲哀をともなった第2主題があらわれる。
第2楽章は、寂しい静けさを感じる。ここにいるモーツァルトは孤独だ。やや落ち着きを取り戻すが、まだその哀しみをふっきれない。ふたたび哀しみがあふれ出す第3楽章。悲劇的な高まりを見せてフィナーレ。今の時代、ワルターの名演奏もはやらないという。ロマンティック過ぎるのかな。それでも、ブリュッヘンなどの小気味の良い古楽器演奏では、ちと物足りない。ドラマチック・カザルス盤は、まさに男らしいモーツァルトの演奏が聴ける。とりわけ、「ジュピター」は出色。
■■飲酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。お酒は楽しくほどほどに。