ああウイスキー! 遊びと悪戯の命!
詩人の心からの感謝を受けてくれ!  (中村為治訳 「R.バーンズ詩集」岩波文庫)

バルブレア(Balblair)

バルブレア蒸留所を創業したジョン・ロス自身が、
「アードモアのデイビッド・カーカルディに対し、ウイスキー1ガロンを1.8ポンドにて販売」
と、1800年1月25日づけ台帳の記述は、蒸留に関する最古の文書の一つである。

ロス州、エダートン村のはずれ、野原の真ん中に蒸留所はある。そこは、カンバスカリー・ベイの湾曲部にあたる美しいドーノッホの入江から500メートルほど奥に入った、風光明媚な高台だ。このドーノッホ湾の美しさは、ボトルの箱を見れば、わかる。夜明けから、夕暮れ時までの自然に変化する光を、地元の写真家マックレイ氏によって写されたものである。

また、この蒸留所は4000年前の古代ピクト人のシンボル・ストーン、クラッチ・バイオラッチーをのぞむ古代ピクト人の居留地に建てられている。バルブレアとは、「平らな土地にある集落」を意味するゲール語であるが、「戦場」という意味もあるといわれている。9世紀から10世紀にかけて、ヴァイキングの襲来を頻繁に受けた。ロス州も例外ではなく、そのツメあとは戦争に関連した地名で、いたるところに残されている。

創業は、1790年ごろといわれていて、ハイランドでは2番目に古い。スタッフは7人と規模は小さく、伝統的な製法でウィスキーをつくる。やや個性的で、ラ・フランス(西洋梨)のような果実風味と、フレッシュでいて、それでいてピリっとしたスパイシーなかんばしい香り。飲み口はというと、おどろくほどスムースで、飲みやすい。フィニッシュは、穏やかなピート香。

ロス氏族のジョン・ロスによって建てられ、ウイスキー需要の拡大とともに、1872年に現在の建物に建て替えられた。当時のオーナーであった息子アンドリュー・ロスによって、古い建物の上方に建て増しされ、その古い建物は、倉庫にと改造された

2世紀以上を経た現在、バルブレア蒸留所で働く人9人のうち4人が「ロス」姓を名乗っている。蒸留所の伝統は現在も、そこに働く男たちの血筋に、はっきりと受け継がれているといえる。

その後、幾度となくオーナーがかわっている。借地権はアレクサンダー・コワンに移るも、1848年「プルトニー」のオーナーであったキースの弁護士カミングの手にわたり、蒸留所は拡大され、生産も増加した。1970年に退職するまで蒸留所を経営したが、その後、のちのアライド・ディスティラーズ社に売却する。その間、1915年から、その1947年まで操業停止という憂き目もみた。

日本では、あまり見かけることはないが、海外の評価は高い。バランタインの「魔法の7柱」としても有名である。熟成の早いウイスキーともいわれるが、一方では、30年を超える長期熟成のモルトも出している。若いバルブレアは食前酒に、長期熟成させたものは食後酒に。とりわけ、長期熟成されたものは、ストレートで、その魅惑的ともいえる熟成香を堪能して欲しいものだ。

水も、ピートも豊富。そのうえ、その調達に適した場所が数多くあったため、バルブレアがこの地域で蒸留所を設立するよりも、だいぶ前からエール、ウイスキーづくりが盛んであって、密輸業者たちの小屋がたくさんあったという。とりわけ、エダートン一帯は、「ピート教区」としても知られ、厚くて、豊富なピートにおおわれている。バルブレアも創初期のころは、密造をしていたと思われ、少なくとも1749年にはエール醸造がおこなわれていたという記録がある。

著名なウイスキー評論家・マイケル・ジャクソンが、その著書「モルトウイスキー・コンパニオン」のなかで記述しているように、
「松が茂りるペン・デアルグの丘の中腹から流れ出て、乾いてもろいピートの上を通って、キャロン川と、ドーノック湾に流れ込む水」
をつかって、バルブレアはつくられる。この川の水に対するこだわりは強く、川の一部の独占権利を取得しているほど。

創業当時の水源が、今日でもつかわれている。そんな仕込み水は、6キロほど離れたオルト・ダーグ河から引いており、ピートの地層をつたった水らしく、ピート色が大変濃く、それがそのままこの銘柄の特徴となっている。

バルブレアは、元アライド・ドメック社傘下のアライド・ディスティラーズ社の系列で、同社のバランタインの主要原酒であったが、現在はノックドゥーと同じく、タイ・ビバレッジ社の子会社であるインバーハウス・ディスティラーズ社が所有。それを機に、入手が困難だったオフィシャルボトルが、日本にも正規に輸入されるようになった。それというのも、バランタインに力をそそぎ、シングルモルトの販売には熱心ではなかったアライド・ドメック社が所有していたために、入手困難であったのだ。

今でも生産量のほとんどは、ブレンデッド用であって、自社のシングルモルト用は、ほんのわずか。使用する麦芽は、ノンビートのオプティック種。発酵漕はオレゴン・パインの松製が6基で、アードベック蒸溜所の中古品であったが、2001年、ステンレス製ではなく、装いも新たに伝統的なオレゴン松製の発酵漕ができあがった。ここでも、伝統の味を変えたくなかったという。

ポットスチルはずんぐりとしたストレート・ヘッド型で、初溜1基、再溜2基の合計3基しかない。再溜釜の1基は極端に小さく、これはリベットで溶接された創業当時のもので、現在は使用されていない。それに、ワイン樽使用などの最近流行するさまざまな樽には目もくれず、ただ伝統的なバーボンやシェリー樽の使用にこだわっている。

オフィシャルのラインナップは豊富で、ノン・エイジから40年近い商品まである。ボトラーズ物も、ショート・エイジから超ロング・エイジまで幅広く、楽しみ方も多岐にわたるはず。

バルブレア16年は、1996年に同蒸溜所がインバー・ハウス社の傘下となって、登場したオフィシャルもの。スムースでライト、デリケートで、そうかいな香味のモルトに仕上がっている。16年物と同時に、熟成期間の短い「エレメント」もリリースされた。バルブレア1992年は、フランス向けの12年物。異例なほどピートを強く焚き込んだ大麦麦芽を使用したピーティなシングルモルトであって、ハイランドモルトのなかでも、かたくしっかりしたボディ。余韻も長く、楽しめる。

※参考図書;「スコッチウイスキー紀行」(著者:土屋 守、刊行:東京書籍)。



♪ レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ /『グリーンスリーヴスによる幻想曲』 ♪

かれの作品中、最も有名なもので、イングランドの古い歌『グリーンスリーヴス』に基づく小管弦楽のための小品である。約4分30秒ほどの小品である。上記名称は、ラルフ・グリーヴスによりオーケストラ用に編曲された。

シェイクスピアの喜劇「ウインザーの陽気な女房たち」をもとに、コミック・オペラ「恋するサー・ジョン」を作曲し、「グリーンスリーヴス」は、第3幕の間奏曲として登場。まあこの曲は、かれらしくはないが、人気曲ではある。

弦楽合奏、ハープ、フルートという管弦楽曲で、全体は3つの部分からなる。フルート独奏の導入部の後、ヴァイオリンとヴィオラが「グリーンズリーヴス」を奏でる。中間部ではヴィオラとチェロに新たな旋律が現れるが、これはかれがノーフォークで採集した民謡「ラブリー・ジョーン」である。フルート独奏のカデンツァをはさみ、ふたたび導入部と、「グリーンズリーヴス」に戻って、終了。

かれはイングランドの民謡から深い影響を受け、自分の合唱曲や管弦楽曲に多くの伝統的な題材を取り入れている。カントリーサイド、とくにエセックスやノーフォークをめぐり、民謡の収集と、記録につとめた最初の作曲家の一人だった。

■■飲酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。お酒は楽しくほどほどに。